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第一章 胎動編(006)

史上最悪

時間が経つにつれ、雨・風とも 激しさを増してきていた。

「今、タイフーンは どの辺りまで来ているんだろ?」
「もう、暴風圏には入ってるだろうから、これからがヤマだね。」

その会話を聞いて 傍にいた中年男性が、サテイエたちに言った。
「それが… テレビは まったく映らないし ラジオも全然聴こえないんだ。」
「え?」
「テレビは ずっと砂嵐状態さ。ラジオは雑音がひどくて駄目だ。」
「国営放送も民放局も全部映らないのかい?」
「うん。それで、アンテナが風で飛ばされたのかと思って 一応確認したんだけど、大丈夫だった。」
「おかしいね。ネオカフチにある放送局が先に被害を受けたなんて考えられないし
 ラジオまで聴こえないというのは 変だね。」
「電話は どうなんだろ?」セエイが尋ねた。
「その電話もダメなんだ。
 さっき ここの電話を使ってネオカフチに連絡を取ろうとしたんだけど不通で…。」
「なんだって!?
 じゃ、こんな何もわからない状態で ずっとタイフーンが過ぎ去るのを待つしかないのか?」
ふと その時、セエイは エガラヒの娘マアエのことが脳裏に浮かんだ。
『大丈夫… どんなことがあっても あのエガラヒがいるんだ。大丈夫だ…。』
そう信じて 心の中で思い止めた。

このような状況で 情報が全く入ってこないというのは 必要以上に人々の心に不安を募らせる。
だが、サテイエは不安な表情を一切見せずに 笑いながら言った。
「まぁ、仕方ないね。いずれ電話も繋がるし ラジオも聴こえるようになるさ。
 そろそろ お昼だね。マリュウ、お腹が空いただろう?」
「うん。」
「缶詰を いっぱい持ってきたよ。」
そう言ってサテイエは、鞄の中をマリュウに見せた。
「うわぁ! こんなにいっぱいある!…おばあちゃん、重くなかったの?」
「これぐらい大丈夫さ。三人で食べたとしても一週間分はあるよ。」
「母さん、一週間分も持ってきたのか?」
セエイが笑いながら問いかけた。
「きっと明日になればタイフーンが去って家に帰れると思うんだけど、
 万が一のこともあるかもと思ってね…。」
「それにしても この量は すご過ぎるよ。」
「そうかい? 用心に用心を重ねた方がいいのさ。もし余れば、誰かに分けてあげればいいしね。」
「皆、明日ぐらいまでの食料ぐらい ちゃんと用意してきてるって。」
「セエイ!あんたは食べるのかい食べないのかい!?」
サテイエは、むすっとして声を荒げた。
「はいはい、食べますよ。いただきます。」
「おばあちゃん、僕は お魚の缶詰を食べたい。」
「いろんな缶詰があるよ。マリュウ、お腹いっぱい食べるんだよ。」
「昼も缶詰、夜も缶詰。我々も集会所で缶詰状態…。」ぼそっとセエイが言う。
「何をぶつぶつ言ってるんだい!?
 なんなら マリュウに全部あげて、おまえには食べさせないからね!」
「おっ、こわ~。」
「え、何?おこわ?? …残念だけど赤飯の缶詰は無いねぇ。」
「『怖い』という意味だよ。母さん、なにボケてんの!?」
「わかってるよ!」
「おばあちゃんもセエイも親子漫才みたいで 面白いね。」
マリュウがニコニコしながら言った。
「蒸し暑くなってきたな。まったく扇風機が役に立ってないし。」
「少し窓を開けても雨が入ってくるからね。まだ停電にならないだけでもマシさ。」
地区の住人で溢れかえった集会所。
窓を開けるわけにはいかないため 扇風機の風が生ぬるい。
「あー、こんなとこに一週間いるなんて まっぴらだー!」
「まったく、あてつけがましいね。」
「ははは。」

両親と離れて暮らすというのは 普通ならば悲しいことであるはずだが
この祖母を中心とした生活には どの家庭にも劣らない明るさがあった。


午後1時を過ぎた頃、
遠くに鳴り響いていたサイレンの音が だんだんと大きく聞こえるようになってきて
やがて近づいてきたかと思うと 集会所の前で消えた。
その直後、短髪に無精髭を生やした40歳前位の男がドアを開けて入ってきた。

「サモリだ!」
「おい市長!遅いじゃねえか? タイフーンはどこにいるんだ!?」
「情報が 全く入ってこないから 皆 不安だったんだぞっ!」
若くして市長になったサモリに対して、多くの住民は 日頃から頼りなさを感じていたのか
怒鳴り声にも似た口調で 荒々しく尋ねる。

「皆さん、申し訳ない! 今、全力で情報収集に当ってるので…。」
サモリは 深くお辞儀をした。

「今までタイフーンが来ても こんなに情報が途絶えてしまうなんてことは無かったぞ!」
「どういうことなんだ!? しっかりしろよ市長ー!!」

「皆さん… 落ち着いて聞いてください。
 実は… ドヨニリバーが氾濫して… 今、ノイタウンが大洪水です!」
「えー!?あのドヨニリバーが氾濫??」
「ノイタウンが大洪水!?」

カフチシティの西隣の町ノイタウン。
歴史上、幾度と無くタイフーンが襲来しても 一度も洪水の被害を受けることの無かった町ノイタウン。
そのノイタウンが大洪水という現実に 人々の不安と恐怖は高まる。
そして そのノイタウンにはエガラヒの家がある。もちろん、そこにはマアエも住む。

「洪水の被害状況は?」心穏やかではいられないはずのセエイが落ち着いて問う。
「流された家屋数十棟…いや、百棟は越しているかも…。
 町の殆どの家が一階の天井まで水に浸かってる…。当然、平屋は全滅だ。
 周辺の消防も警察も 全然手が足りない…」
そんな絶望的なサモリの報告に セエイは続けて問いかけた。
「もちろん、俺たちに出来ることはあるだろな?」
「セエイ… 君たちの力を借りたい!ぜひ一緒に来てくれ!」
「わかった!すぐ行こう!!」

「ちょっと待ちな!」サテイエが叫んだ。
「母さん!?」
セエイはサモリに付いて行くのをサテイエに静止されると思ったが
「セエイ、おまえに言ってるんじゃないよ。」
「え?」
サテイエの視線はサモリにあった。
「サモリ! あんた その無精髭ぐらい剃って行きなよ!…まったく、いくつになってもダラしない。」
「おばさん!セエイをお借りします。」
「借りんのは セエイだけじゃないだろ? ここの若いの皆連れて行くんだ。
 皆に 御礼しなくちゃね。なのに、皆の前で その無精髭は失礼だろ?」
「おばさん…」
サモリは そんなサテイエの言葉に懐かしさを感じていた。

「さぁ、ノイタウンの全員を救助して
 ここが洪水になる前に帰って来るんだよ!気をつけて行っておいで!!」

「僕も行きたい!」マリュウも名乗りを上げたが
「残念だけど おまえには まだ無理だよ。」


斯くして、ノイタウンへと向かうセエイたち。
果たして、エガラヒとマアエは無事なのか?
今 ふたたび、運命の時が 確実に動き始めていた。
マアエ/イメージ
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