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第一章 胎動編(003)

集会所にて

「やれやれ… 家から少しのなのにね… 疲れたよ。」
集会所に到着したサテイエとマリュウは
雨粒のかかった合羽を脱いで 玄関ロビーの椅子に腰掛けた。

「合羽を着てたのに 服もかなり濡れてるね。これじゃ風邪をひいちまう。」
「おばあちゃん、中に入って着替える?」
「ああ、そうしよう、そうしよう。 …おや?」
サテイエは集会所の中を見て不思議に思った。
「おかしいねぇ。避難勧告が出されたというのに、まだあんまり来てないね。」
「ほんとだ。」
二人が集会所の中を見回しても、十数人程しか人の姿が見えない。
「この前の洪水の時に 大変な思いをしているというのに、この時間で まだこれだけかい?
 皆、意外に危機感が無いんだね。」
そう思いながらも、二人とも着替えを済ませて、集会所大広間の一角に陣取った。

「たいしたことなくて、早く帰れたらいいのにね。退屈で仕方ないよ。」
「そうだね。…でも、マリュウは あの話を聞きたいんじゃなかったのかい?」
「あっ、そうだそうだ。アースクラスの話だ。…おばあちゃん、早く聞かせて!」
「はいはい、わかったよ。長い話になるけれど 途中で寝たりしたら駄目だよ。」
「寝るもんか。今朝は よく寝たし、こーーんなに目は ぱっちりだよ。」
マリュウは両手の親指と人差し指を使って 目を大きく開いて見せた。
「ふふふ。マリュウは元気で面白いね。」

サテイエは 遠く深くにある記憶を呼び起こそうと静かに目を閉じた。
そして、まずはサテイエ自身の幼い時の話からをマリュウに聞かせた。
ちょうど60年前に この世に生を享け
山間の農家で育ったが、10歳の頃にカウチシティに一家でやって来たこと。
女学生だった頃の思い出話や その当時の生活の様子…
結婚して間もなく愛する夫トニーが戦争に行ったこと。
しかし休戦後、無事に生還し、長男マスリの誕生…
そして、長女シーリャ・次男ツエル・次女ミワリィ・三男セエイと
男・女・男・女・男の順番に見事 子供を産み分けたこと。
その後、トニーが病に倒れ看病に明け暮れる日々…そしてトニーの死。
だが そんな不幸の中におかれても
長女シーリャと次男ツエルは幼い頃からの秀才で サテイエにとって誇りに思えたこと。
次女ミワリィは器量が良く そして弟セエイの面倒をよくみたこと。
シーリャとミワリィが嫁いで行った時の話…などなど
それら 悲しかったこと 楽しかったことを ゆっくりとマリュウに話して聞かせた。
マリュウも 自分の生まれる何十年も前のことなのに
あたかも 今 目の前で起こっている出来事のように感じながら聞き入っていた。

「マスリのことも話さないといけないね。」
そう言って、途端に表情を曇らせてしまったサテイエだったが
「そうだね… 今日は きっと このことを話すために
 神様がマリュウと一緒にいられる時間を作ってくれたんだ。」

長男マスリは、マリュウが生まれる二年前に この世を去っている。
マリュウは 伯父マスリが どんな人物であったのか 今日まで知らない。
マスリにいったい何があったのか?
マリュウの母は 今 何処にいるのか?
そして、夢に出てきたアースクラスとは?
多くの謎が今、一つ一つサテイエの口から解かれようとしていた。
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