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第一章 胎動編(002)

港町カフチ

「ねえねえ、おばあちゃんが見たアースクラスの夢って どんなの?」
「…マリュウ、雨足が強くなってきたから 急ごう。
 話は集会所に着いたら ゆっくりしてあげるから。」
「うん、わかった…」
「今度のタイフーンは 雨は相変わらず強いけど、風は大したことないね。
 それだけでも 救われるよ。これで風が強かったら年寄りには堪えるからねぇ。」

マリュウたちが歩く方向に やっと集会所が見えてきた。


一方、セエイたちのいる魚河岸では 水揚げされた魚の数が 普段の半分にも満たない状況だった。

「この天気じゃ仕方あるまい…。今日は店開けても 客どころか猫一匹だって来そうもないしな。」
「あーぁ… もう商売上がったりだぜ。」 魚河岸に集まった者たちの 溜息が漏れる。

セエイも 今日の競りでは いつものように気合が入らず、早々と帰り仕度を整えていた。
そんなセエイに 黒髭の漁師ガドゥが声をかけた。
「やあ、セエイ。今日は あの鼻たれ坊主は一緒じゃないのかい?」
鼻たれ坊主とは もちろんマリュウのことである。
「ああ… 今日は この天候だ。家で お袋の面倒を見ている。」
「へぇ、そうかい。
 しかしまぁ、おまえのところも 大変だね。兄貴のツエルが あんなんじゃな。」
「…。」
セエイはガドゥと目を合わさずに黙って聞いている。
「こないだ 首都でツエルを見かけた奴が言ってたぜ。
 相変わらず仕事もせずに飲んだくれてるらしいじゃねえか。」
「兄貴のことを悪く言うな。」 静かな口調でセエイは反発した。
「あの秀才ツエルが 今や稼ぎも ろくに出来ねえ飲んだくれとはよ。
 なぁ セエイ、おまえだけ 辛い思いして悔しかねえのか?
 おまえぐらいの年の奴は皆、ネオカフチで楽しく青春を謳歌してるっていうのによ。」
「これ以上、兄貴のことを悪く言うな!」 セエイが今度は荒々しく叫んだ。
「いつもは、あの鼻たれ坊主が一緒だから あんまし言えなかったけど、
 俺は おまえの為を思って 言ってやってるんだぜ。
 あんな兄貴なんか死んだ方が おまえらは幸せになるってな!ははは!!」
「黙れっ!!」

一喝すると同時にセエイの右拳がガドゥの顔面へ向けられようとした、その時…

「やめんかっ!」
長身の大男が セエイたちの前に現れた。
「ここは 俺の魚河岸だ。つまらんことで騒ぐ奴は もう二度と来るな!」
魚河岸を取り仕切るエガラヒであった。
「ガドゥ! 貴様の そのダサい髭、毟り取るぞ!」
「わ、わかったよ…」
そして、大男エガラヒは セエイの方へ振り向いた。
「セエイ…」
「は、はい。」
巨体に似合わず 優しく澄んだ眼でセエイに語りかける。
「もうすぐ、20歳になるんだな。
 おまえが12歳の時から一生懸命ここで働く姿を ずっと皆 見てたんだ。
 ガドゥだって、その中の一人だ。 口は悪いが 奴も おまえのことを心配している。
 許してやれ…。」
「…申し訳ありませんでした。ごめんなさい。」
セエイは ガドゥに向かって ぺこりとおじぎした。
「ははは。俺のほうこそ 悪かったなセエイ。」
そう言いながら 恥ずかしそうにガドゥはセエイたちの前から走り去った。

「セエイ…、 今から10年前の 今日と同じようなタイフーンの日…
 あの事件さえ起こらずに、おまえの一番上の兄さえ殺されなければ
 おまえたちは ずっと幸せに生活できていたはずだ…。」

…それは セエイが まだ10歳の頃に起きた事件であった。
いや、事件というより、それは戦争のための反乱『クーデター』であった。
長男マスリは その反乱軍のスパイと間違えられ、政府軍に殺されたのである。

暫く沈黙が続いたと思うと、突然 エガラヒが口を開いた。
「セエイ、ちょっと手を見せてみろ。」
「はい。」 セエイはエガラヒに自分の手を見せた。
「ごつごつした手になったな。これじゃ、もう絵筆は握り難いだろ?」
「いいえ。たまに今でも ミラーリバーなどに行って風景画を描いています。」
「そうか。今でも描いているのか? わっはは。それを聞いて安心したぞ。」
エガラヒの厳つい顔が 満面の笑みで くしゃくしゃになった。
「俺の娘マアエが おまえの絵を たいそう気に入っておってな。
 今度、絵を教えてもらいたいそうだ。
 どうだ、タイフーンが過ぎ去って落ち着いたら、俺の家に来ないか?」
「は、はい。」

突然の問いかけに驚いて返事をしたセエイ。その頬が ポッと赤くなった。
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