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きっといつかは一等賞☆

高知の生家では 叔父とも同居…
油絵の風景画を趣味としていた叔父の絵を幼い頃から見て育った。
既に 幼稚園の年少時から 漫画には 興味を持ち始め、
マガジンやサンデーを愛読し 将来は漫画家になるのだと 心に決めていた。

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小学校に入学した頃…
当時 高知城にあった動物園で こどもコンクール用の絵を描いた。
僕の描いた大きな象の花子は銀賞で、力強いワニを描いた宮田の絵は金賞だった。

小学二年の春、岐阜へ転校…
その転校先の飛騨国府の寺での写生会。
そんな のどかな田舎にも 画才は存在していた。中垣という同級生だった。
僕が 境内の全景を画用紙いっぱいに自信満々で描いたところで
幼い頃より祖父から歴史を語り聞かされたという
中垣が描いた鐘楼の重厚さにはかなわなかった。

高知へ戻っての中学時代…
「少年野球記」という32頁のオリジナル野球漫画を描き上げたものの
「サーキットの狼」に熱狂する同級生倉本が描くスーパーカーのように
スピード感に満ちた車の絵を描くのは苦手だった。

高校に入学…
ここにはライバルはいないだろうと油断していたのも束の間…
大久保というオタクなヤツが現れた。
僕が 古武士的な「デスラー総統」や熱血漢の「古代進」を描いてはみても
大久保が さりげなくノートの片隅に描いた
新人類の「アムロ・レイ」や「シャア・アズナブル」を見て
宇宙戦艦ヤマトは機動戦士ガンダムよりも時代遅れなのかと悩んだりもした。

大阪でのデザイン学校時代…
住込先の新聞屋の子供たちを 写真のように細かく描写した似顔絵よりも
神戸から通う隈原が 軽く描いたPOPなイラストの方が高く評価された。

あれから三十年…
自分は 今でも イラストや絵画に関連のある仕事をしているが
当時の 好敵手たちの中で この業界に入った人物は 誰一人として いない。





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Tag:イラスト絵画教室コンクール展覧会展示会金賞銀賞銅賞佳作

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